2013年12月11日水曜日

自分探しの弊害=ダイビング

旧暦10月神無月も過ぎ、昔のカミンチュがなぜ?観音ウガミに励んだのか?
中途半端ではいけないので、考察しないといけない。
まー僕なんかは琉球伝統の超合理主義なので、少し感を取りその真髄に触れれば
なるべく無駄な体験したくないしそんな暇もないので、一緒上がりでノープレブレム。
それを見越して、チヂファーから強引に体験させられる。
逃げようと思っても首根っこを掴まれて勉強させられる幼稚園児みたいな。

わーーたからやりますやりますからーー、トヨウケノ神様

と言う訳で、今年の神無月は観音というか、自分ウガミやりました。

要はダイビングで呼吸ばかりを気にしたら息苦しくなる、その目的は珊瑚礁や熱帯魚
を見ること、それを楽しめば自然と呼吸する。
自分探しの弊害も、これと同じ、地上でも何時も呼吸を気にしたら苦しくなる。
でもたまには昔のカミンチュみたいに神無月だけ、観音御願してその苦しさを
体験しなさいということ。ダイビングで言うと真っ暗な洞窟で何を楽しむか?
んな事考えたら、とたんに息苦しくなるので無理ムリムリ。

でも世の中それを神無月どころか、ずーーとやる人が多いです。
そりゃー苦しいでしょ!

それで難しいことは、難しいと理解できること

に行き着いたわけです。

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