幼い頃、乳母が三人いた、と言っても父が経営してた洋服屋の従業員だが、特に毎年ヤンバルあたりから入る中卒の子の仕事が僕の子守だった
それと言うのも、何時も昼寝した時や、夜も突然起きて夢遊病者のように走り回るからだ
方言でニジャマ(寝ぼけ)だが普通の程度を超えていた、今でもはっきり覚えているが、真っ黒な世界が僕を小さな箱に押し込めようとするのだ、周りが押えようとすると、余計に暴れ幼稚園の頃には三越付近まで走ったことがあったらしい、周囲の商店街の人も知ってて、ワァ~~と走る僕を押えてくれたりもしてた、それもビッグバンの圧縮と同じ感じだとチヂアワセは出来てるが、ドラマではここに書いてある
しかしどんなユタに頼んでも治らなかった
そんな僕なので母が仕入れで本土に行く時に、何時も一緒に連れて行かれてた、その頃から何かあったら母だけに話すように躾けられてもいた
オカー!玄関の前で豊子オバサンうろうろしてるぞ
え!皆んなの前で喋るなよ
成仏してないんかねー?
はあ?なんか見たら知らせろって言ったのヤーだろ!
めんどくさー早く帰りたい
すると次は台所近くで幼い女の子がオシッコをしてる
近くに行くと濡れていた
それを母に話すと即座に糸満一のワチナグイと言うユタのとこに連れて行かれた
意味分からん方言でベラベラしゃべるので、適当に答えてると10ドル貰った!
ラッキー!鳩のエサ代が賄える!
その後母達はウガミをやったらしいが、伯母は幼い頃叱られるとオシッコ漏らす癖があったらしい、まぁね今考えたら、ワチナグイのウサギャーとぺアーで判断した感じだが、10ドルだと安すぎるだろ!
その後は思春期になり母と話すことも無くなってたが、人は死んでも意外と気づかないんだと学んだ
それが日本ではごく普通だが、海外だと映画にもなる
シックスセンスやゴーストニューヨークの幻が代表だが、よく描かれてると思う、それを最近ジジイになって実感できる
世間では新総理大臣誕生という
岸田 文雄(きしだ ふみお、1957年〈昭和32年〉7月29日 - 64歳)
え!昭和32年生まれ?同級生?
えええええええええ
いやもちろん、頭では解るが、感覚的にはずっと年上だろ!って感じだ
色々調べると山本五十六
59歳没
武田信玄54歳没
いやはや、みんなはるか年上に見える、全然意味わからん
それと言うのも、50過ぎから現実の歳が全く実感がない、今でも40前後の感じだ
あー死んでも気づかないのは、こんな感じだなと思った、面白い!!
もちろん僕の場合は死ぬのが怖くないと言うより、あの世がどうなってるんだろってワクワクする、でも死んだってどうやって気づくんだろ?
よく引導を渡すというが、シックスセンスもニューヨークの幻も自分で気づいている
日本だと49日までが区切りだが、僕の経験だと百か日が重要だ
それまでに気づけば良い、知らせもその後はあまり来なくなる
引導を渡すのも自分で体に言い渡す感じだ、魂と肉体の分離だが断ち切りとも言う
巡礼だとそれを36本の線香でやっているが、
それから前回の三途の川を渡るか、後生七役場で止まるか?に進むことになる
でもほんとに歳って意味わからんくなるな、叔母さんは幼女になってたし
特に僕の場合は、妖怪年齢で言ったら14歳で思春期真っ盛りだし、現実の体力的には50代のころより体重も10キロ以上減り勝ってる、余計意味わからんな、色んな人に聞いてデーター集めてみよう
それにしても15過ぎに親元を離れ、ヤンバルから那覇に就職し、糞ガキにオッパイ吸われるって、どんな罰ゲームやねん!でも今でもいろんな行事で合うことがあるが、
ヤス坊~!オッパイ吸うね~
とからかわれている
でもあの頃は乳離れが遅く、幼稚園までは普通にみんなオッパイ吸ってたよな、中には小学低学年の奴もいた、乳離れかー!
シッシッもう駄目!
と小学入学前に、母ちゃんと乳母達にいきなり突き離された
なるほど引導を渡される感じあるな!!
死んだってあの感じかー!
それだ!!面白い!
36本の線香改良しないとな!
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