2008年9月15日月曜日

宮古島


2008/09/15(月) 
「宮古島」

沖縄暑いです、すっかりナイチャーになった私には耐えられないです。みんな笑ってるし、女の子は薄化粧だし、みんな半そでだし、みんな自転車乗ってないし、三半規管が可笑しくなっています。
沖縄の居酒屋で、
「日本酒ある?」
「アルサー」
「銘柄は何がありますか?」
「ナンデモアルサー」
「えーーーーーー」
「じゃー佐賀の##下さい!」
「ハーーーーイ、、キクノツユッテ!」
「えーーーーー、いったよー、ワンは島ースカンカラ、日本酒って言ってるだろ」
「アイヤーーー、ニイサン!シマーカ?!」
「エーーーー!俺が島ーじゃなくて、誰が島ーか?」
「ナンデモイイサー、ノメバイイサーーーーー」
「はい!ーーーーーーー?」
「シマーモ、オイシイヨ-!」
「えーーー、菊の露って言っただけで、宮古;ってわかるけど↑」
「アガイーーーーー!ニイサンーーミヤコネー」
「アガイタンリガマーーー」
「アイヤーーーーーー、ホントニ!ミャーーーチ?」
「あのーーー君たち、スペイン人か?」

2008年9月14日日曜日

福島と言うところ」


2008/09/14(日) 
「福島と言うところ」

最近は、福島にはまってます。内地で本格的に巡礼地を構築したいと思いました。京都、奈良、和歌山、伊勢、島根、鳥取、滋賀,
富士山、三浦半島
みなすばらしいです。
でもですよ、昔の日本の境界線は?どこって、ずっと考えてました。中学の頃征夷大将軍って習いました。
「先生」
「何だヨザ君」
「征夷ってなんですか?」
「hi!way」
「征夷っの夷と言うのは、日本ですか?」
「u---nn」
「ヨザ君、後で職員室に来なさい」
「エーーーー」
アノネヨザクン、bokumoワカランノヨ?
ヨザクンハ、ドウオモウノ
「ハイーーー?」
「ボクモワカリマセン」
「ヨザ君!サッカーばかりして、なーーーんにも考えてないようで、君ね、大学と言うところがあるから、そこで昔の日本の境界線はどこですかって聞いてきなさい!那覇高校行ったら、大学に行けるから」
「はい先生!那覇校!内申45/90でもいけますか?」
「ハハッハハッハハッハハッハハ、お前出来るのは社会だけかぁ、意外とgハハハハ」

2008年9月13日土曜日

東京のスーパー


「東京のスーパー」

東京のスーパーは凄いです。何が凄いかって言うと、朝あったブタモモニク塊が夕方行ったらないんですよ!!エーーーーーーーー!青戸からわざわざお花茶屋まできたのに、エーーー↓
これは地球の危機の始まりだ!宇宙人が買い占めたんだとと思いました。沖縄のスーパーだとシンジラレネーーーって感じです。三枚肉の塊と、モモ肉、グーヤー(豚の肩肉?」)はいつも定番!これでもかって言うほど、置いてます!那覇のユニオンですけどね。ユニオンは良いです、カネヒデよりもちょっと、少し、人間味があります、って私ユニオンの回し者じゃないですよ。ユニオンには「グングンぐると」ありました、毎日買っているのに、いつの日か無くなりました。バイヤーさんしっかりしてよって、チョットアバレマシタ!
でどんな話でした!
そうそう東京のスーパーなんか凄いです。

2008年9月12日金曜日

「今一番したいこと


2008/09/12(金) 
「今一番したいこと」

うーん。薪割りしたいです、冬に備えてうんと沢山の準備したいです。その代わり、ニッセンの通販でコタツ布団7月から注文してました。その布団が来たときに、東京は36度。
いっぱいに広げてでっかーーとおもいました、小さいコタツは東京来てすぐ買いました、その布団は長炬燵用?なにそれ?六畳の畳いっぱいの布団?ニッセンさん間違ってるんでしょっと、メールで確認しました。いえ
決してクレームじゃないですよ。あのーすごいでかいコタツ布団なんですけど、間違ってないですか?安すぎるんですけど2800円!布団と敷物で?ジュータン?注文してないでよ?電話来ました。「お客さん布団がおおっきんですか?長尺ですから、大きいですよ、夏ですから誰も注文しないんですよーー、料金は頂いてますから、間違ってないですよ、それはジュウタンジャナイデスヨ!セットです!これからもニッセンをよろしくお願いします」って別に私ニッセンの回し者じゃないですよ。

2008年9月11日木曜日

秋ですーーーー!


「秋ですーーーー!」

栗ご飯旨いですね!東京は昨日、ななんと
22度ですよ、夜は寒いです。沖縄の方は信じられないでしょうね。コタツ出そうかなと思いました。青戸の近くの中川もヒンヤリシテ、夏に多かったジョガーも少なくなりました。この前市川って所に行きました、東京じゃないですけど、自転車で35分くらいです、そうですね、沖縄で行ったら、メインプレスから、オオジャナな交差点位(汗)です。そこで生まれて初めて、鈴虫の鳴き声聞きました。いや鈴虫か解りませんけどね。秋だなーーっと聞きほれていました。沖縄の青い海と同じ匂いがしました。はっと気づくと側に老人が立っていて、えーーと息を止めました。
その老人が、もう秋ですなって、言って
僕は、オキナワカラキマシタ!ワカリマセーーンと言って
逃げました。その老人の顔が烏賊みたいになってました。もうーーーーイカサンったら!

2008年9月10日水曜日

お里帰り


2008/09/10(水) 
「お里帰り」

うーん、内地はお里帰りに厳しいですね。今時の若い子でも、遠慮して、何なんだろうと思います。いつもはわがままさせてる、旦那でも、それに対しては嫌味言ってるんですよね、そりゃー女の子も実家に心配させまいと、頑張るのは理解できますけど、それもがんばる必要ないんですけど。やせ我慢して実家に行かなくても、親御さんは知ってますから、どんどん心配させてください。それがただの甘えだとしたら、それなりに子供のときのように叱られますから、それがないなら、うんと甘えて、愚痴ってください。
江戸時代でもどんどん実家に帰ってましたよ。沖縄では実家の行事ごとをおろそかにしたら、祟られると言われています。祟られるのは旦那です。それを知ってか知らずか、新婚の沖縄の女の子は実家に入りびたりです。それから月日がたっていくと、それも少なくなってきます。
僕が総理大臣になったら
実家帰省法を制定して、産前産後は半年帰省、新婚五年までは、旅費の半額補助等の政策を実行したいですね。
まじですよ。政治関係の皆さんお願いしますね。そうでもしないと地方から首都圏に来てる子は、なかなか結婚できませんよ。

2008年9月9日火曜日

mother 読者のメール


2008/09/09(火) 
「mother」

「尊敬ねぇ…あるかしら?與座さんのおかあさんのようなところはなかったな…う~ん」
でも人それぞれですからね。私の母の尊敬できるところを一つ見つけました。
やはり男性に混じって定年まで働き続けたところです。

私達を養ってくれて私達も無事に家族が持てて、今幸せに暮らしていられるって事です。
これは紛れも無い事実です。これはしっかり受けとめなくては…とおもいました。
なにかの折に触れて…母に感謝の気持ちを伝えてみます。
面と向かって言えるかしら?手紙にしようかしら…?(アハハ、悩むところです。)
この事実に目をそむけて…ただ感情面だけで母を責めていました。
母を受け止めてくれる人はいなかったのに…悪いことをしましたね。

今、結婚して、妻、母になり…改めて女の人って旦那さんや子供達に愛されたい、認められたいのだと思いました。
愛されるために何か特別なことをするのではなく…日々の生活の中でただ「ありがとう」って言ってもらえるだけで幸せなんだと気づきました。

「泣けます」今メールをしながら色々昔を思い出しグスグス泣いています。ほんと涙もろくなりました。

友達のお母さんみたいに綺麗な彩のお弁当ではなくて、ほとんどが茶色っぽいおかずでしたが…(当時は嫌でした)
母が働いてた忙しい時代でも冷凍食品など使わず毎日作ってくれました。
だからやっぱりそんな弁当は絶対に残せなかったし、まして捨てることなんて出来ませんでした。
食べ終わったお弁当箱を洗わずほったらかしていて、よく怒られましたが(アハハ)
こんなところにも「母の愛」たくさんつまっていました。

毎日が嫌で嫌で母を嫌いで…早く家を出たかった昔も…こうして振り返ってみると
あっという間に過ぎてしまっていましたね。

これからまた母との関係も…過去の感情面にとらわれず…新しく築いていきたいです。

そしていつの日か私も子供たちに、そう思ってもらえるよう…わたしなりの生き方を見つけて行きたいです。(ほんと人それぞれですね)